流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)

はじめに

流行性耳下腺炎(mumps、ムンプス)、俗にいう「おたふくかぜ」は主に幼児期に、2~3週間の潜伏期(平均18日前後)を経て発症し、片側あるいは両側の唾液腺の腫脹を特徴とするウイルス感染症 で、通常1~2 週間で軽快します。最も多い合併症は髄膜炎であり、その他髄膜脳炎、睾丸炎、卵巣炎、難聴、膵炎などを認める場合があります。一般的には軽症と考えられていますが、決して軽くはない合併症を予防するためにも、唯一の予防方法であるワクチン接種が勧められます。

疫 学

流行性耳下腺炎は我が国でも毎年地域的な流行がみられており、1989 年の流行までは3~4年周期で増減が見られていましたが、同年のMMR ワクチンの導入により、1991年にはサーベイランスが始まって以来の低い流行状況となりました。その後緩やかに患者報告数が増加し、1993年にMMRワクチンが中止されたこともあって、1994年以降再び3~4 年周期での患者増加が見られるようになっています。感染症法施行以降の1999年4月~2000年12月の感染症発生動向調査から見ると、全国約3,000 の定点医療機関から、毎週1,100~4,800人程度の報告がありました。2000年末より、最近10年間の当該週に比べて定点当たり報告数がかなり多い状態が続き、2001年の全国の定点からの患者報告総数は254,711人となり、過去10年間で最多でした。しかし、2002 年には182,635人(暫定データ)となり、減少がみられました。報告患者の年齢は4歳以下の占める割合が45 ~47%であり、0歳は少なく、年齢とともに増加し、4歳が最も多い。続いて5歳、3歳の順に多く、3~6歳で約60%を占めています。

病原体

本疾患の原因であるムンプスウイルスはパラミクソウイルス科のウイルスで、表面にエンベロープをかぶったマイナスセンスの1本鎖RNA ウイルスです。大きさは100 ~600nm で、主に6つの構造タンパクを有しています。エンベロープには2つの糖タンパク(hemagglutinin‐neuraminidase glycoprotein、およびfusion glycoprotein )を有し、この2つのタンパクに対する抗体が感染から宿主を防御すると言われています。

症状

2~3週間の潜伏期(平均18 日前後)を経て、唾液腺の腫脹・圧痛、嚥下痛、発熱を主症状として発症し、通常1 ~2週間で軽快します。
唾液腺腫脹は両側、あるいは片側の耳下腺にみられることがほとんどですが、顎下腺、舌下腺にも起こることがあり、通常48時間以内にピークを認めます。 接触、あるいは飛沫感染で伝搬しますが、その感染力はかなり強いです。ただし、感染しても症状が現れない不顕性感染もかなりみられ、30~35%とされている。 鑑別を要するものとして、他のウイルス、コクサッキーウイルス、パラインフルエンザウイルスなどによる耳下腺炎、(特発性)反復性耳下腺炎などがあります。反 復性耳下腺炎は耳下腺腫脹を何度も繰り返すもので、軽度の自発痛があるが発熱を伴わないことがほとんどで、1~2 週間で自然に軽快します。流行性耳下腺炎に何度も罹患するという訴えがある際には、この可能性も考えるべきです。
合併症としての無菌性髄膜炎は軽症と考えられてはいるものの、症状の明らかな例の約10%に出現すると推定されています。思春期以降では、男性で約20~30%に睾丸炎 、女性では約7%に卵巣炎を合併するとされています。成人の睾丸炎は無精子症を起こすことがあり、不妊の原因となります。また、20,000 例に1例程度に難聴を合併すると言われており、頻度は少ないが、永続的な障害となるので重要な合併症のひとつです。その他、稀ではあるが膵炎も重篤な合併症の一つです。

病原診断

ウイルスを分離することが本疾患の最も直接的な診断方法ですが、ウイルス分離には時間を要するため、一般的には血清学的診断が行われます。これには種々の方法がありますが、EIA 法にて急性期にIgM 抗体を検出するか、ペア血清でIgG 抗体価の有意な上昇にて診断されます。

治療・予防

流行性耳下腺炎およびその合併症の治療は基本的に対症療法であり、発熱などに対しては鎮痛解熱剤の投与を行い、髄膜炎合併例に対しては安静に努め、脱水などがみられる症例では輸液の適応となります。効果的に予防するにはワクチンが唯一の方法です。接種後の抗体価を測定した報告では、多少の違いがありますが、概ね90%前後が有効なレベルの抗体を獲得するとされてます。現在定期接種ではありませんが、ぜひワクチン接種を受けておきましょう。

ワクチンの副反応:接種後2週間前後に軽度の耳下腺腫脹と微熱がみられることが数%あります。重要なものとして無菌性髄膜炎がありますが、約 1,000~2,000人に一人の頻度です。おたふくにかかった時のことを考えると、頻度はかなり低いものです。よく内容を理解したうえで接種をうけてください。

患者と接触した場合の予防策として緊急にワクチン接種を行うのは、あまり有効ではありません。患者との接触当日に緊急ワクチン接種を行っても、症状の軽快は認 められても発症を予防することは困難であると言われています。有効な抗ウイルス剤が開発されていない現状においては、集団生活に入る前にワクチンで予防して おくことが、現在取り得る最も有効な感染予防法です。

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

「流行性耳下腺炎」は定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に保健所に届け出なければなりません。

学校保健安全法における取り扱い(2012年3月30日現在)

「流行性耳下腺炎」は第2種の感染症に定められており、耳下腺、顎下腺又は舌下線の腫脹が発現した後5日を経過し、かつ全身状態が良好になるまで出席停止とされています。ただし、病状により学校医その他の医師において感染の恐れがないと認めたときは、この限りでありません。
また、以下の場合も出席停止期間となります。
・患者のある家に居住する者又はかかっている疑いがある者については、予防処置の施行その他の事情により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで。
・発生した地域から通学する者については、その発生状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間
・流行地を旅行した者については、その状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間

参考文献:「流行性耳下腺炎(ムンプス、おたふくかぜ)」(国立感染症研究所)(https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/529-mumps.html)を加工して作成。