A型肝炎

はじめに

A型肝炎はA型肝炎ウイルス(HAV)による感染で、一過性の急性肝炎が主症状です。B型肝炎やC型肝炎のように慢性化はしません。しかしウイルスは糞便中に排泄され、糞口感染で伝播するため、 患者の発生は衛生環境に影響されます。伝染性が強いため、集団発生することがあります。A型肝炎は発展途上国では蔓延していますが、先進国では上下水道などの整備により感染者は激減しています。主たる感染経路は、汚染された食品や水などを介した経口的な感染で、潜伏期間は平均4週間です。感染期間は、ウイルスが便に排泄される発病の3~4週間前から発症後数か月にわたります。主な臨床症状は発熱、全身倦怠感、食欲不振で、黄疸、肝腫大などの肝症状が認められますが、一般に予後良好です。しかしまれに劇症化したり、以下に述べる合併症を引き起こすことがあり注意を要します。特異的な治療法はなく、対症療法が中心となります。予防にはワクチン接種が有効です。東南アジア等への流行国への渡航前に予防接種を受けることが重要です。

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疫 学

HAVは全世界に分布しています。衛生環境が劣悪な地域では乳幼児期の感染が主であり、こうした地域では肝炎発生率が低く、流行もありません。上下水道などの整備 により、糞口感染性疾患は発生の様相に大きな変化が生じますが、A型肝炎も例外ではありません。まず、都市部を中心に感染率が低下し、感受性者が蓄積されて流行が 認められるようになります。1988年に中国上海市で発生した約30万例の大流行は好例です。生活環境がさらに整備されると大流行の発生が止まります。A型肝炎 の大規模な流行発生は日本では終焉しています。1973、1984、1994年の血清検体で、一般日本人の年齢別抗体保有状況が調べられました。調査 間隔年齢に相当して抗体保有率曲線が高年齢層にシフトしており、日本では過去30年以上の期 間、HAV感染が少ないことが明らかにされました。しかし、抗体保有率が非常に低下したために、施設内の集団発生や家族内感染への注意も必要です。

感染症発生動向調査での2003年10月までの集計から、最近の日本のA型肝炎発生状況の特 徴は以下のように集約されます。1)年間500人前後の患者報告数があります。急性肝炎の中では最多です。2)主要な感染 源は牡蠣やなんらかの飲食物(おそらく海産物) によるものです。3)罹患年齢では乳幼 児や学童は稀で、高年齢化が認められます。 子供の感染では症状が軽くてすむが、高齢者 では重症化しやすいので注意が必要です。4) 患者全体の約1割が海外渡航からの帰国者で あり、殆ど中国、インド、東南アジア地域 での感染です。5)A型肝炎の発生には季節変動があります。日本では秋に少なく、冬から春、初夏にかけての発生が多いです。

病原体

HAVはピコルナウイルス科のへパトウイルス属に所属します。ウイルス粒子は直径27nmの裸の正20面体であり、ゲノムは5’端末にVPg蛋白、3’端にポリA鎖が結合した約7.5kbのプラス鎖RNAです。 HAV粒子の構造と性状、ゲノムの構造と機能、粒子形成などは基本的に は他のピコルナウイルスと共通ですが、成熟粒子にVP4が検出されないこと、VP1/2A接合部 が切断されないまま粒子形成が進行するなどの特徴があります。A型肝炎ウイルスは発見当初、ピコルナウイルス科のエンテロウイルス属に分類されていましたが、塩基 配列相同性が極めて低いために、ヘパトウイルス属として独立しました。HAVの遺伝子型は7種類に分けられていますが、血清型は1種類のみです。

HAVは培養細胞において増殖性ですが、培養細胞を用いた患者糞便検体からのウイルス分離には長期間かか ります。また、継代培養により培養細胞に馴化した株でも、増殖速度は他のピコルナウイルスに比較して遅く、一般的に細胞障害効果(CPE)は示しません。特定の細胞にCPEを示す株もありますが、馴化の過程での遺伝子変異によるものです。生物学的に野生株は肝臓に強い親和性を 持っていますが、他の肝炎ウイルス同様、ウイルスの増殖により細胞を殺すことはありません。肝炎は宿主免疫反応を介して起きます。

HAVは酸耐性であり、熱、乾燥などにも強いです。エーテルなどの脂溶性物質、界面活性剤、蛋白分解酵素などに耐性ですが、高圧滅菌、UV照射、 ホルマリン処理、塩素剤処理などで失活します。また、高度精製HAVは微量の水銀イオンなどにより失活し、抗原活性も失われます。

臨床症状

HAVは糞口感染で伝播します。潜伏期は2〜6週間であり、発熱、倦怠感などに続いて血清トランスアミナーゼ (ALTまたはGPT、ASTまたはGOT)が上昇します。食思不振、嘔吐などの消化器症状を伴いますが、典型的な症例では黄疸、肝腫大、濃色尿、灰白色便など を認めます。まれに劇症化して死亡する例を除き、1〜2カ月の経過の後に回復します。トランスアミナーゼの正常化に3〜6カ月を要する例や、正常化後に再上昇 する例もありますが、慢性化せず、予後は良好です。

他の急性ウイルス性肝炎と比較して、A型肝炎の臨床症状での特徴は、発熱、頭痛、筋肉痛、 腹痛など、いわゆる肝炎症状が強いことがあげられます。しかし、臨床症状や肝障害の改善は早いです。肝機能検査では、他の急性肝炎の場合よりAST、ALT、 ALP、LDHなどが高い傾向があるが、正常化するまでの期間は最も短いです。他の血清検査ではIgMの増加、チモール混濁反応 (TTT値)で判定される膠質反応の上昇が特徴的です。成人では小児に比べ、臨床症状も肝障害の程度も強い傾向があります。肝外合併症としては、急性腎不全、貧血、心筋障害などが知られています。

診断

A型肝炎の診断には血中のIgM-HAV抗体を確認します。当院でも随時施行しております。IgM抗体は発症から約1カ月後にピークに達し、 3〜6カ月後には陰性となります。重症例ほどIgM抗体価は高く、発症6カ月以降にも検出される例があります。また、治癒が遷延化する例では IgM抗体の持続期間も長いです。IgGおよびIgA抗体の測定は、特殊な血清疫学調査以外には使われていません。IgA抗体は感染後1〜2年間、IgG抗体はさらに長期間持続するので、 一般的な血清疫学調査、免疫グロブリン(ISG)やワクチン接種対象者の選択などには、全クラスのHAV抗体を測定する競合抑制 ELISAなどが用いられます。なお、検出されるHAV抗体はウイルス粒子と結合する防御抗体であり、過去の感染またはワクチン免疫を意味します。

細胞培養によるウイルス分離には長期間が必要なため、診断目的には適しません。発症ごく初期の患者糞便中には、ELISAで測定可能な量(1ml当たり108 粒 子以上)のHAVが含まれることもあります。ウイルスRNAを検出するRT-PCR法では、微量のHAVの検出が可能です。発症後2週間以内の糞便検体や血 液中のウイルスRNAを抽出し、RT-PCR法でcDNAを増幅して遺伝子解析を行えば、感染経路の推定などに役立ちます。リアルタイムPCR法も診断に適用されています)。

治療・予防

原則として急性期には入院し、安静臥床とします。入院中は血液検査などで重症化、劇症化、肝外症状の有無を観察して、症状に応じた治療法がとられます。

予防としては、手洗いの励行などの一般的予防法に加え、ISG(抗体価の問題はありますが)やワクチンを用いた積極的予防法が推奨されています。ただし、ISG による予防効果は数カ月以内 です。したがって、ISGは患者家族や、患者と同一施設内でHAV感染の可能性の高い場合 に緊急的に用いるのが適当です。

ワクチンとしては、培養細胞馴化株を精製してホルマリン処理した不活化ワクチンが世界的に使用されています。日本で開発されたワクチンは、アジュバントや チメロサールなどを含まない 凍結乾燥品です。0、2〜4週、24週経過後の3回のスケジュールで皮下または筋肉内接種を行なえば、抗体獲得率はほぼ100%であり、防御効果は少なくとも数年以上続きます。

東南アジア等への流行国へ渡航を予定されている方は、ぜひワクチンを受けましょう。

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感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければなりません。

 

参考文献:「A型肝炎とは」(国立感染症研究所)(https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/320-hepatitis-a-intro.html)を加工して作成