アニサキス症とは
海産魚介類の生食を原因とする寄生虫症の中でも、我が国で最も多発するものがアニサキス症です。日本人の食習慣からみて、アニサキス症は我が国でかなり古くからあった病気と考えられれますが、原因となる虫種が確定されたのは1960年代です。当初は診断の方法がなく、激しい腹部症状から開腹して患部が切除され、病理学的に初めてアニサキス症であると証明された事例がほとんどでした。しかし1970年代以降には内視鏡検査の普及とともに、生検用鉗子での虫体摘出が可能となり、予想外に多数の本症例が発生していることが明らかにされました。このような診断技術の高度化に平行するように、生鮮食料品の輸送体系が近代化されてきたことが、現在に至るアニサキス症発生の増加と広域化の前提となっています。
疫学
アニサキス症の発生は、刺身や寿司など海産魚介類の生食を嗜好する食習慣と強く関連することから、諸外国に比して圧倒的多数の症例が我が国で発生しています。この症例数は、33万人規模のレセプトデータを用いた試算で、年間に7,147件と推計されています(2005年から2011年の年平均、なおレセプトとは医療機関が健康保険組合等に提出する診療報酬明細書のこと)。一方で海外での報告数は,1960年に本症の発生がオランダで報告されてから2005年までに、欧州で累計約500件、米国で同約70件とされます。
人への感染源となる魚介類は,我が国の近海で漁獲されるものでも160種を超えます。この中でも患者の食歴から、サバ(マサバおよびゴマサバの総称、加工品としての「しめ鯖」を含む)が最も重要な感染源と考えられます。この他、アジやイワシ,イカ,また最近ではサンマなどが感染源になる機会の多い魚介類として、注意が必要です。なお海産魚介類はアニサキスの幼虫が寄生する中間宿主・待機宿主であり、終宿主はクジラやアザラシなどの海生哺乳類で、その消化管に成虫が寄生します。
病原体
アニサキス亜科に属する線虫の総称がアニサキスで、その第3期幼虫が魚介類に寄生し(体長は2~3cm)、アニサキス症の病原体となります。人体症例から摘出される虫体も多くが第3期幼虫ですが、時に第4期幼虫も検出されます。
症状
胃アニサキス症:
魚介類の生食後数時間して、激しい上腹部痛、悪心、嘔吐をもって発症するのが胃アニサキス症の特徴で、人体症例の大半がこの症状を呈します(劇症型胃アニサキス症)。食歴に関する問診と臨床症状から劇症型胃アニサキス症が疑われる場合は、胃内視鏡検査で虫体を検索し(虫体1匹の穿入で発症することも多いです)、検出虫体の形態にて確定診断します。しかし健康診断時等の内視鏡検査で、胃粘膜に穿入する虫体が見つかる無症候例もあります(緩和型胃アニサキス症)。
腸アニサキス症:虫体が腸に穿入する腸アニサキス症では、腹痛、悪心、嘔吐などの症状が見られ、時に腸閉塞や腸穿孔を併発します。腸閉塞などで手術を受けた例では、摘出部位の病理組織標本に虫体を検索し、原因を確定します。
消化管外アニサキス症:まれに虫体が消化管を穿通して腹腔内へ脱出後、大網、腸間膜、腹壁皮下などに移行し、肉芽腫を形成することもあります。虫体寄生部位に応じた症状が現れます。
アニサキスアレルギー:魚介類の生食後に蕁麻疹を主症状とするアニサキスアレルギーを認めることがあります。更に血圧降下や呼吸不全、意識消失などのアナフィラキシー症状を呈した症例も報告されています。クローニングを含めたアニサキスアレルゲンの性状解析が進んでいますが、アレルゲンに対するIgE抗体の検出が症例の診断に役立つとされます。
予防・治療
海産魚介類の生食を避けること、あるいは加熱後に喫食すること(60℃で1分以上)が、確実な感染予防の方法となります。また冷凍処理(-20℃,24時間以上)によりアニサキス幼虫は感染性を失うので、魚を冷凍して解凍後に生食することは感染予防に有効です。オランダでは1968年に、酢漬けで生食するニシンを調理前に-20 ℃以下で24時間以上冷凍するよう法律で義務付け、アニサキス症の患者を激減させています。また米国のFDA(食品医薬品局)は生食用の魚について、-35 ℃以下で15時間、または-20 ℃以下で7日間の冷凍処理するよう勧告しています。EU(欧州連合)の衛生管理基準では、海産魚類の視認による寄生虫検査を義務付け、生食用の海産魚に関しては冷凍処理(-20 ℃以下で24時間以上)を指示しています。
加熱や冷凍以外の方法として、新鮮なうちに魚介類の内臓を摘出するなどの工夫も、感染予防に適用できます。内臓に寄生する幼虫が漁獲後に筋肉へ移行することもあるからです。なお醤油、わさび、酢がアニサキス症の予防に有効ではないかと期待されてきました。しかし料理で使う程度の量や濃度、処理の時間では虫体は死にません。
治療法に関しては、胃アニサキス症では胃内視鏡検査時に胃粘膜に穿入する虫体を見つけ、これを鉗子で摘出します。当院でも施行可能ですので、心当たりのある方はご相談ください。腸アニサキス症では対症療法が試みられ、場合により外科的処置が施されます。なお現在のところ、幼虫に対する効果的な駆虫薬は開発されていません。
厚生労働省のパンフレット
「アニサキス症とは」(国立感染症研究所)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/314-anisakis-intro.html を加工して作成